異動で救われ、異動で気づいた——私が退職を決意するまでのリアルな心の変化
営業から異動後、見えてきた違和感の正体——退職を決意するまで
営業職で心身ともにボロボロになった私は、ついに別部署へ異動することになりました。
この異動が、私にとって救いになると同時に、「この職場で働き続けられない」と気づく決定打にもなっていきます。
パートさんたちの優しさに救われた日々
異動先では、パソコン作業や倉庫作業などサポート業務が中心で、営業時代とはまったく違う仕事を行っていました。
そこにいたパートの皆さんが、本当に優しかったんです。
時々雑談をしながら和気あいあいと仕事をして、困った時はすぐに話を聞いたり助けてくれました。
(研修で一度お世話になった部署でもあり、同じ本社の中にあったので皆さん顔見知りのことも大きかったと思います)
営業時代にボロボロになった私の心は、少しずつ回復していきました。
仕事も自分の性質に合っていたようで、毎日を少しずつ呼吸がしやすくなっていく感覚がありました。
でも、その優しさとは裏腹に…会社への違和感は増していく
ちなみに、本社には経理や営業事務の女性社員が多かったのですが、
いわゆる「女同士のギスギス」のようなものはほとんどなく
(ゼロではなかったですが笑)
入社したての頃の私にも気さくに話しかけてくださる方ばかりでした。
普段は楽しくお喋りをしていたのですが、なぜか会社の話題になると苦い表情を浮かべていました。
「この会社は、ねぇ…」
そう言い淀む人の多さに、最初は疑問を抱いていました。
しかし年月が経つほどに、その理由がはっきりと分かっていきます。
私が実際に見た“違和感”たち
● 女性社員だけが全社員分のお茶出し当番を担当
● タイムカードを切ってから仕事をするサービス残業が常態化
● 社長と一部役員だけは、残業せずさっさと帰る
● 土日祝休みのはずが、サービス出勤&振替休日なしの日が多々あり
● 有給制度はあるらしいのに誰も取らない
● 産休・育休制度なし。妊娠=退職が暗黙のルール
● 部活動(2種類)はどちらかに強制加入。毎週の活動も任意ではなく義務
● 新幹線で3~4時間かかる遠方の支店スタッフに対し、朝8時の決起集会に
「自腹」で参加を強要
● 忘年会では社長がイッキ強要(今なら完全アウト)
● 退職者が後を絶たず、部長クラス・役員まで辞めていく
書き出してみると、ツッコミどころが満載ですが、当時の私は
「前職よりマシだから、これが普通なのかな…」
と、本気で思っていました。
でも、普通じゃなかったんですよね。
同僚の突然の退職で、完全に目が覚めた
そんなある日。仲の良かった同僚が、ポツリとこう言いました。
「私ね…退職することにしたんだ」
彼女は前から職場でのつらさを漏らしていて、限界だったのだと思います。
私も転職経験者としてその気持ちは痛いほどわかったので、
「ゆっくり休んでね」と声をかけました。
彼女が退職届を出したのは11月の終わり頃。
本来なら12月下旬の退職になるはずでした。
でも、
会社は、年末ボーナスの直前に、彼女を一方的に退職させたのです。
これを聞いた時、私はあることを思い出しました。
入社当時、退職を控えた営業の先輩が言っていた言葉を。
「ここはね、辞める人間にすごく冷たいんだよ」
後になって知ったのですが、その先輩は退職を決めた途端、
仕事を取り上げられる
会議に出してもらえない
という追い出しのような扱いを受けていたそうです。
人をなんだと思っているんだろう。
会社として以前に、人としてどうなのか。
心の底から怒りがこみ上げました。
「この会社に未来はない」——退職を決意
同僚の件をきっかけに、私の中で心の迷いが消えました。
ここにいても未来はない。辞めよう。
そう決めると、不思議と心が軽くなったのを覚えています。
在籍していた約2年間で、退職者はおよそ30人にのぼりました。
私も、その中の一人に加わりました。
ありがたいことに、私はトラブルなく退職できました。
ちなみに、退職時にはなぜか全員にお菓子を配るという謎の風習があり、私はヨックモックのクッキーを配りました(笑)
お菓子を渡しに行くと、笑顔で温かい言葉をかけてくれる方が大勢いました。
パートさんたちは、送別会まで開いてくれました。
人には本当に恵まれていたと思います。
ただ、
その人材を、会社がまったく活かせていなかった。
それが一番残念でした。
今は産休制度ができ、実際に活用した方も出たと風の便りに聞いたので、少しは良くなったのかな、と思っています。
この転職で学んだこと
● どんなに環境が整っていても、価値観が合わなければ続かない
● 誰かの優しさに頼るだけでは、いつか限界が来る
● 自分は「主役」より「サポート」に回るほうが力を発揮できる
この会社で得たことは決して無駄ではありません。
ですが、退職を機に、私はしばらく歩みを緩めることにしました。
この“ゆとり”が、次の道を見つけるきっかけになります。

