毒親育ちの私が「逃げ道」として始めた婚活――迷走した20代のリアル
子どもがほしい気持ちと「毒親から逃げたい」焦燥が私を婚活に向かわせた
24歳を過ぎて、「子どもがほしい」とぼんやり考え始めた
24歳を越えた頃、ふと「いつか子どもがほしい」と思うようになりました。
強い願望というより、未来の自分の生活を想像したときに漠然と浮かんだイメージです。
実家という息苦しい環境。「結婚すれば逃げられる」と信じた
もっと影響が大きかったのは、やはり 毒親からの逃れたい気持ち でした。
当時の私は、自分がどれだけ自由を失い、どれほど自尊心を削られてきたか、
カウンセリングを通じてようやく少しずつ理解した頃でした。
でも、心が弱った時ほど視野は狭くなるもので、
「実家から逃げる=結婚しかない」
と、本気で思い込んでいました。
名字が変わり、暮らす場所も変わり、相手の家庭へ入ることでようやく別の人生に移行できる。
そんな幻想にすがっていたのです。

自己肯定感の低さが、焦りに拍車をかけた
両親から否定や管理を受け続けてきた結果、
私は深刻なまでに自己肯定感が低く、
「30歳を過ぎると結婚しづらい」
「20代のうちに動かないと価値がなくなる」
という言葉を、痛いほど真に受けていました。
本当は価値なんて年齢で決まるものじゃないのに、
当時の私はそのことに気づく力がなかったんです。
だからこそ私は焦り、
とにかく結婚しなきゃ、と必死で動き始めました。
がむしゃらに動いた婚活は迷走の連続
この時の私は、
「どんな相手が良いのか」
という軸をまったく持っていませんでした。
- 性格はどんなタイプが合うのか
- 将来の価値観はどうしたいか
- 家庭像の理想はあるのか
- 何を大切にして生きたいのか
そうした自分の輪郭が曖昧だから、会っても違和感を言語化できない。
「なんか違う…」で終わってしまう。
基準がないまま走る婚活は、当然迷走します。
マッチングアプリ
最初に挑戦したのは、手軽なマッチングアプリ。
ですが、すぐに「向いていない」と分かりました。
- メッセージのやり取りが面倒
- 実際に会ったらイメージが違うあるある
- そもそも土日に会えないのでスケジュールが組めない
これが特に大きかったです。
私は当時、土日が仕事で平日休み。
一方で相手は土日休みの人が多く、日程調整がまったく合わない。
「会える日がない」というだけで、縁はあっさり途切れていきます。
その積み重ねが地味に堪えて、「私って誰とも合わないの?」と落ち込んだこともありました。
婚活パーティー
気持ちを切り替えて婚活パーティーにも参加しましたが、ここにも別の壁がありました。
- 平日の開催が極端に少ない
- 仕事終わりに行ける場所は限られる
- 1人5〜10分で席替え、会話が浅い
- 大人数だと相手の印象が残らない
そして、婚活パーティーはテンポの早いやり取りが基本。
自己肯定感の低かった当時の私は、うまく話せないとすぐ気まずさを感じ、
「私が悪いのかな」と自己嫌悪に陥っていました。
平日休みというだけで参加できる機会は少なく、
せっかく行っても成果に繋がる実感がない。
この時期は特にしんどかったです。
違和感の正体がわからないから、迷走が続く
アプリでもパーティーでも、会えば会うほど「何か違う」と思う人ばかり。
でも、
- どこが違うのか
- 何が合わないのか
- 何を求めているのか
その本質を深掘りできるほど、自分の軸が育っていませんでした。
だから私は「違うな」と思っても迷い続け、
焦り→自己否定→行動→疲れ→焦り……というループから抜け出せずにいました。
結婚相談所へ
こうしてアプリとパーティーで消耗した結果、私はようやく気づきます。
「努力は大切だけど、合わない環境で頑張っても成果は出ない」
スピード勝負の婚活ではなく、
落ち着いた環境で一対一で向き合える相談所のほうが、
自分には合っているのではないか——そう思うようになりました。
そして、結婚相談所への入会を決意します。
この相談所での経験が、
良くも悪くも私の婚活を大きく方向転換させることになります。
その続きは、次の記事で詳しく書いていきます。
まとめ
- 子どもがほしいという希望
- 毒親から逃れたいという切実な願い
- 自己肯定感の低さが生んだ焦り
- 自分の軸がないまま突っ走った迷走
- 平日休みゆえの苦戦
これら全部が絡まって、私は婚活にのめり込んでいきました。
今思えば、婚活とは
相手探しでもあり、自分の軸を探す旅でもありました。
