【毒親】 / 【雑記】

「流されやすい自分はどこから来たのか――毒親の支配から生まれた“生存戦略”の正体」

なぜ私は“流されやすい性格”になってしまったのか

その答えを探すと、どうしても「家庭」というスタート地点に戻ってしまいます。

これまで転職や人間関係を振り返る中で、ずっと気になっていた疑問があります。

どうして、自分はこんなにも人に合わせてしまうのか?
どうして、反論したいのに言葉が出なくなるのか?

その理由を探るヒントになったのが、
スーザン・フォワード著『毒になる親』です。

『毒になる親 一生苦しむ子供』(ス-ザン・フォワ-ド,玉置 悟)|講談社

この本に書かれていた「支配的で攻撃的な親の特徴」が、まるで父親そのもの。
読み進めていくうちに、私はようやく気づきました。

“流されやすさ”は、性格じゃない。
「自己防衛の結果、身につけざるを得なかった生き方」なんだと。

今日は、その原点である父親との関係を、少し重いけれど、書いてみます。


我が家の「王様」

父親を形容する言葉はただ一つ。暴君です。

気に入らないことや思い通りにならなければ、すぐに怒鳴り、舌打ちし、物に当たり散らす。
機嫌の良し悪しに法則性はなく、朝起きた瞬間からイライラしている日もあれば、こちらが何もしていないのに急に怒鳴り始めることもある。

  • 気に入らなければ机を叩く、舌打ち、怒声
  • 「お前は馬鹿だな」が口癖
  • 「誰が金を出してると思ってるんだ」
  • 「そんなことも分からないのか」
  • 2〜3歳の弟たちを平気で蹴り飛ばす
  • 私が大切にしていた絵本を、片付けないという理由でゴミ箱へ投げ捨てる

今こうして文章にすると信じがたい話に見えるかもしれませんが、当時の私たちにとっては日常でした。

父親の不機嫌は火山の噴火と同じで、突然で、避けられなくて、何をきっかけに爆発するのか分からない。
だから私たち兄弟は常に

「怒らせないように」
「気に障らないように」
「空気を読むように」

そうやって自分を小さくして身を守っていました。

『毒になる親』のチェックリストに9割当てはまった時、笑うしかなかったのを覚えています。


父親が残した影響

父親との生活は、ただ怖かっただけじゃありません。
その後の「人との関わり方」そのものに深く影響を残しました。

① 自分の意見を言うのが“危険な行為”になった

意見を言う → 否定される
疑問を口にする → 馬鹿にされる
納得できない → 押さえつけられる

これを子ども時代に繰り返されると、身体がこう覚えます。

「自分の意見は、言わないほうがいい」
「反論はトラブルのもと」

これは大人になっても消えませんでした。
会社でも、人間関係でも、反射的に従う方を選んでいたのです。

② 「年上の男性には逆らえない」という思い込み

これは父親の影響を最も強く感じる部分です。

日常的に怒鳴られ、支配されていた結果、私は無意識のうちにこう結論付けていました。

「年上の男性の言うことは絶対」

そしてこの刷り込みは、社会に出てから特に顕著に表れました。

  • 上司(とくに男性)に反論できない
  • 納得できなくても従ってしまう
  • 強い口調の男性が本能的に怖い
  • 「怒られそう」という想像だけで萎縮する

合理的な理由ではなく、身体レベルの反応。
幼少期に叩き込まれた恐怖と同じ反応が、大人になってからも勝手に作動してしまうんです。

③ 大きな音・大きな声への過敏さ

これも典型的なトラウマ反応だと思います。

父親は些細なことで怒鳴り散らす人間だったので、
突然の大きい音=父親が怒っている
という回路が、子どもの頃に出来上がってしまいました。

そのため、大人になった今でも

  • 急な大声
  • 大きな物音
  • 強い足音

こういうものに、身体がビクッと反応してしまいます。

理屈ではなく、条件反射です。


なぜ「流されやすくなるのか」

小さな頃から「怒らせない」「従う」「合わせる」ことで身を守ってきた私にとって、
「自分の意見を押し出す」という行為は、危険そのものでした。

だから、社会に出ても同じ反応が生まれます。

  • 上司の指示に疑問があっても黙る
  • 心の中では納得していなくてもYESと言う
  • 押しが強い相手に意見を飲まれてしまう
  • 断るべきと分かっていても断れない

私は「優しいから」「控えめだから」流されていたのではありません。

幼少期に身につけた“生存戦略”から抜け出せていなかっただけなんです。

この理解にたどり着けたとき、ようやく私は「自分を責める」のをやめることができました。


唯一の感謝は「お金」。でも、それで良かったのだろうか?

父親に対して感謝できる点は、正直言って金銭面くらいです。

でも、心の安全がまったく守られない家庭を「家」と呼べるのか?
金を出すだけで親の役割を果たしたと言えるのか?

そう考えると、答えはどうしても曖昧なままです。


今、あの頃の自分へ

もし、子どもの頃の私に会えるなら、きっとこう言います。

「あなたは悪くないよ。
生きるために、必要な振る舞いを選んだだけなんだ。」

この理解が、自分の生き方を見直す最初の一歩になりました。

投稿者

pu.imd698@gmail.com

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